人生ミルフィーユ

日々のふとした瞬間の重なり。

人は自分の「普通」しか知らない

親友と一杯やろうと
天ぷら屋に立ち寄った。
注文した天ぷら盛合せを待つ間、
瓶ビールを注ぎあい、時間を過ごした。

彼は神主である。
代々続く、自身の家の神社を継ぎ
家族とともに暮らしている。
私はサラリーマン家庭なこともあり、
純粋な興味から
宗教法人の経営のことや
日常生活について話題にしてきたことは
これまでもあった。
近況を伺うと
祭りや地鎮祭で忙しくしているそうだ。
いつもいつも、
私とは違う日常の話を聞く。

「ま、でも便利かもね。あんたと結婚したら、
ずっと家にいてくれるから。」

ケタケタ笑ってそんなことを話せるのも
もう10年近い付き合いだからだ。

「でも、そしたら、子供のために私は働き続けるかな。一般的な働き方のなんたるかを見せるのも重要でしょ

すると彼はグラスをカウンターに置き
「それはちょっと違うと思うな」
と前を向いたまま言った。
どちらかというといつも
うなずいて私の話を否定しない彼には
珍しい反応だった。

「じゃあ、たとえば家族経営の八百屋さんや、
老舗の小さな和菓子屋さんは一般的じゃないのかな。」

私は、彼とは大の親友だと思っていた。
彼について大概のことは理解し
許容できているつもりでいた。
しかし、
彼のその一言が、
神主である彼のこと、彼の家を
自分の世界とは一線を画すものだと考えている私を突きつけた

いつも通り穏和な表情の彼だったが、
私の言葉に隠された無意識に
気づかなかったはずがない。
その証拠に
彼は前を向いたまま黙っている。

「そっか。そうだね。でも、多様性だよ!
違った働き方をお互い見せられるじゃん。
子供は二倍お得!」

謝る代わりに彼の肩をポンと叩き
一瞬止まった空気の流れをかき混ぜた。
いやらしい自分に気づかないふりをして、
一緒にかき混ぜて、誤魔化した。

人が感じてる「普通」「一般」なんて
それぞれが互いに見えなくて
所詮、人はそれをぶつけ合うだけ。

自分もその愚かな一人だったのだ。